コンシェルジュリー

「衛兵の間」で、(長さ64メートル、幅27,5メートル)王宮で働く人々約2000名の食堂でした。

その12

コンシェルジュとは「門兵」という意味で,14世紀後半、シャルル5世がこの地に王室司令部(議会・ 大法官 廷・監査院)を置きコンシェルジュを任命し、王の司令官として権力と特権を与えられたコンシェルジュの 住居は 後にコンシェルジュリーと呼ばれるようになりました。フランス革命が勃発し王政が陥落した後,1793年に革命法廷はコンシェルジュリーに本拠を置き、ここで2年間の間に2700名が死刑の判決を受けコンシェルジュリー牢獄で受刑を待ったといいます。その多くは一般民衆・貴族・学者などでしたが、その中にマリー・アントワネットもいました。

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181221

ギロチンに触ってみる。

見張り塔の壁時計をバックに

近ツリのツァー募集に書いてありました。