公立高旋風(3)

2008年06月05日

練習を見つめる森淳二監督。古豪復活の期待が
かかる=名古屋市東区

部長から監督に復帰した森淳二(55)のもと「名古屋の公立で、甲子園を目指したい」

と集まった選手たちだ。

 森は愛知商OB。早大卒業後、木曽川高を経て、83年に母校に着任した。守りを重視

した野球。投手は外角低めに直球を丁寧に投げる。攻撃は送るべき場面できっちり送り、

かえすべき場面できっちりかえす。伝統的な野球で、春と秋は県大会進出の常連に育

てる。87年夏の愛知大会では16強入りした。

 92年に森が異動した後、母校は低迷を始めた。夏の大会は97年から8年連続で初戦

敗退。部員不足で大会出場を辞退したことすらあった。

 森は、異動先の明和も春、秋の県大会出場の常連に育てた。その手腕を買われ、03年

に部長として母校に戻った。

 現在の練習法も昔ながら。守備練習は素手で球の感触を覚えるため、部員にグラブ下に

手袋をはめることを認めない。打撃練習では芯でとらえないと手がしびれる竹バットを使う。

他の運動部と共有する狭いグラウンドも気に留めない。内野にゴロを打つ練習を徹底させる。

必然的に選手はバットを短く持つ。

 「流行には惑わされない。その方が勝利に近い」

 トレーナーによるマッサージや練習の合間の食事など、時代の流れに合わせて採り入れたこ

ともあるが、基本的な姿勢は変わらないという。

 結果は出始めている。今春の県大会で16強。今夏の西愛知大会で、初めてシード権を得た。

 3月まで野球部OB会長を務め、今もコーチとして練習に顔を出す吉川博義(70)は「私学4強

の一角を崩す力はある」と期待する。

 「他の学校にはない立派な伝統がある。この伝統を糧に名古屋地区の公立の目標になるような

チームにしたい」

 森がきっぱりと言った。(敬称略)

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●伝統重んじ復活期す

 高校野球が中学野

球だったころ。大正末

期の1920年代後半か

ら、40年に戦局が悪化

して愛知大会が中止さ

れるまでの十数年、愛知

の球界は中京商(現中京

大中京)、東邦商(現東邦)、

享栄商(現享栄)そして

、愛知商が活躍し、「四商

時代」と呼ばれた。

 愛知商は、元日経連会長の

鈴木永二(故人)や元巨人ヘッ

ドコーチ牧野茂(故人)らの母

校として知られる県立校。36年

に春の選抜大会で優勝を果たす

など、春夏通算15回の全国大会

出場を誇る古豪だ。だが、最後の

夏の大会出場は戦後間もない46

年。60年以上も前になる。

 現在の全校生徒は835人で男

子は100人。うち野球部員は60人

を数える。昨秋、

46年に開かれた戦後初めての全国中等学校優勝野球大会
に出場した愛知商の選手たち